ティーストアーの日々

ティーコーディネーター狩野のお話

どうでもいいような自己紹介

何か勢いに任せて始めてしまったこのブログ。

まずは自己紹介をさせていただきます。

お茶に関しての自己紹介は後程に、今回は私のすごーくパーソナルな部分の自己紹介です。

 

私はサッカー少年で大の近鉄バファローズファン、お化けや妖怪&古代文明が好きでハーフのカメラで写真を撮りまくる幼少期を過ごす。

小学5年生の時に聖飢魔Ⅱの「蝋人形の館」を聴いて衝撃を受け、音楽にのめりこむ。

メタル生まれパンク育ちを自称するほど日本の激しい音楽ばかり聴き、中学生のころ聴いたDavid BowieのSpace Oddityをきっかけに洋楽も聴くようになる。

高校生になるとボーカルやベースでバンド活動をはじめる。

日常は学業よりも、某鳥めし屋のテナントで焼き鳥を焼きまくる日々。

高校3年生の時に、バイト先の先輩が始めた草サッカーチームでサッカーをはじめる。

高校卒業後は東京の建築土木系の専門学校に進学。

ここで東京や他県民の文化の違いに触れ、自分が小さな世界にいることに気がつく。

この頃5つ上の同級生の影響でアメリカ古着にのめりこむ。

卒業後は地元の測量会社に就職。

人間が初めて入り込んだのでは?と思ってしまうほどの山奥ばかりでの仕事で心が直ぐに折れる。

ストレス発散が酒になり、毎週末、酒に呑まれては多大な迷惑をかける。

古着屋をやりたい夢が諦められず、仕事を辞め高崎の古着屋に就職。

LAでの古着の買い付けを経験してから古着屋を辞め、お金を貯めるために大型倉庫のフォークリフト作業員として働く。

この頃からロックDJイベントに出は入りするようになる。

お金が貯まるとそこの仕事も辞め、某メンズファッション誌のパリ特集号とお金を握りしめ、土地勘もなく言葉も喋れないまま パリに飛び立つ。

150kgくらいの古着を何とか持ち帰り、ヨーロッパ古着のお店を開店。

この頃からクラブ仲間たちを集めて新たなロックDJイベントを立ちあげ、自身もDJとして活動を始める。

古着屋は家庭の事情により一年で閉店となり、次の道を見失う。

30歳をむかえることをきっかけに、草サッカーとDJイベントを辞める。

30歳からの新たな趣味として、子供のころから好きなお茶と写真を本格的に活動とスタートする。

そして今に至ります。

 

いきなりブログ立ちあげ2回目の投稿でくだらない私の半生をだらだらと書いてしまいましたが、何故こんなことを書いたかというと、世間で考えられている紅茶の世界観とはまったくリンクしない生き方や文化の中で生活してきた人間が、いまでは紅茶の商売をしています。

そんな人間でも紅茶が好きですし、自分の生活スタイルの中で紅茶を楽しんでいます。

私の中の「お茶の道」はそこが原点なのです。

もっともっと多くの方に紅茶を楽しんで欲しい、もっともっとご自身のライフスタイルの中に紅茶を取り入れて欲しいという願いを込めて、ティーコーディネーターを職業に日々努力しています。

 

長々と駄文で失礼多いたしました、そんな私ですが引き続きお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。