「そういえばマスターは名前が無いのかね?」
常連のお客さんに唐突に聞かれた。
「はい、ぼくには名前がありません」
確かにぼくには名前が無い。
ばくは青猫だし、いままで名前が無くても不便がなかったのだ。
「そうか、それなら私が名前を考えてやろう」
そういうと常連さんは大好きなディンブラティーを一口飲み、しばらく目を瞑って考え込むと、「マスターはシャガールみたいな青い夜の色をしているから、マルク・シャガールから『マルク』なんてどうかな?」
「そうですね、ぼくは小さい時からシャガールの絵が好きですし、いいかもしれませんね」
ぼくは素直にこの名前を気に入った。
常連さんは「そうだろう、そうだろう」と満足げに数回頷くと、また大好きなディンブラティーを一口飲み、手に持っていた本を読みだした。
ぼくはただの青い猫で紅茶の好きな猫だったが、これからは「マルク」と名のろう。
自由気ままな猫でも名前があるのもいいものだ。